【ラグビー】タックルマン石塚武生の青春日記(7)

やる気、その気、勇気、負けん気。ワセダのフランカーとは。空を見ろ!

早大時代。フランカーの位置に入り、ボールから目を離さない。(写真/BBM)

おそれ多いことだ。早稲田大学ラグビー部OB会長に、わざわざ筆者の住むマンションそばのJR駅まで来ていただいた。新型コロナウイルス禍に伴う緊急事態宣言が解けた10月下旬のことだった。なんというか、大先輩の優しさを感じた。 石塚武生さんの一学年上、早大時代にはフランカーでコンビを組んだ神山郁雄さんは柔らかな顔でこう、口にしてくれた。「気にするな。駅で4つだから」と。 大学卒業後、テレビ朝日の専務取締役などメディア業界の中枢をつとめた。ホテル1階のラウンジカフェ。尊敬する69歳は、「15年ほど前、野村克也さん(2020年没、享年84)とメシを食ったときに言われたことがあるんだ」と漏らした。「“神山さ、勝負で一番大事なことがわかるか”って。勝つためには、4つの“気”だって言うんだよ。“やる気”、“その気”、“勇気”、そして最後は“負けん気”だって。石塚を表すとすれば、たまさか、そういうことなんだ」 半世紀前に思いを巡らすかのごとく、神山さんは高いホテルロビーの天井に目をやった。言葉に滋味がにじむ。「石塚はさ、“やる気”はあったでしょ。ラグビーが大好きなんだから。日本一になるためなら何でもやる“その気”もあった。“勇気”を持ってラグビーをしたでしょ。あと、“負けん気”もすごいでしょ。さっき来るとき、電車の中でふと、そんなこと思ってさ」 1972(昭和47)年の春、ウイングからフランカーに転向して半年、19歳の石塚さんは大学2年となった。古びたラグビーノートには薄くなった黒字でこう、書いてある。 <二年生になって、ようやくレギュラーポジションを争うチャンスがやってきた。一年生のときとはひと味違う意味でのプレッシャーを感じる> 秋になると、大学ラグビーの公式戦が始まる。試合のある週は水曜ごろの練習の始まる際、宿澤広朗キャプテン(2006年没、享年55)が試合に向けた練習メンバーを発表した。<練習メンバーの中に自分の名前があれば、次の試合に出られるチャンスがおおいにあるのだ。しかし、簡単に正ポジションをとれるはずがない。ライバルが上級生、そして下級生にもたくさんいる。自分のフランカーとしての技術的なものは、まだまだ人から信頼されるほどではなかった。この時期、ボクははじめてフランカーとしての大きな壁にぶちあたった。厚くて大きなカベだった。どうして良いのかわからないほど悩んだ> ここは、「案ずるより産むが易し」である。石塚さんはそう、気持ちを切り替えた。<これを解決する方法は、頭の中で考えてもどうしようもない。酒で解決できるわけでもない。人に泣きごとをいってもはじまらない。とにかく、今まで以上に激しい気持ちを持って、毎日の練習に打ち込むしか方法はないのだ。自分自身でワセダのフランカーとしてのプレーを生み出していくしかないのだ> 伝統のワセダのフランカーとは。 特徴を示す言葉がある。誰が造ったのか知らない。『アタックル』、攻撃的なタックルを意味する、アタックとタックルの造語である。 当時、「鉄壁ディフェンス」の要といわれたフランカーは厳しいタックルができなければ話にならなかった。 神山さんもまた、大学1年の春、バックスからフランカーに転向していた。大学2年でレギュラーの座を獲得し、大学4年では主将を務めた。大学3年から石塚さんと公式戦でコンビを組むことになる。アカクロ(レギュラージャージ)の6番が神山さん、7番は石塚さん。「ワセダのフランカーとは?」と聞けば、神山さんはこう、説明した。「やっぱり、タックルは大事だよね。フランカーは、走る。タックルする。倒れたら、すぐ起き上がる。今でいうリロードかな。要するにどこにでもいる。基本的な体力、あとは精神、負けん気がないとダメでしょ」 石塚さんも神山さんも、170センチ、70キロちょいと小柄だった。それでも大きなメイジのような化け物FWにも挑みかかった。 加えていえば、ワセダの伝統的な下級生の“しぼり”(特訓)のとき、神山さんも石塚さんもグラウンド走ではトップを走っていたそうだ。 ワセダのフランカーは、間合いや踏み込みから足の運び方まで細かく指導される。とくに将来のキャプテンと目される部員は夏合宿などで徹底的にしぼられる。 また全体練習のあと、ポジション練習があり、それが終われば、フリー練習に移る。「自分らしい練習」として、石塚さんは自著でこう、紹介している。<スクラムマシーンに、上半身裸で突っ込むのだ。普通のスクラムマシーンは、肩の部分にパッドがついている。それを外して、直接、木製の肩にあたる部分へ当たるのである。これは、背中がまっすぐ伸びていること、頭が下がらないで前を見ること、両腕が上がり、しっかりパックすること、そして一番大切な緊張感がないと、肩の骨にあたってしまい、痛いのだ>(「炎のタックルマン 石塚武生」・ベースボールマガジン社) 石塚さんのプレーの印象を聞けば、神山さんは「タックルがクローズアップされているけど」と前置きし、こう続けた。「彼はよく、トライをとったところもあるよね。前に出る強さがあった。ウイングをやっていたから、トライをとる嗅覚もあったよ。そういう感じがしたね」

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